愛媛の偉人・賢人の紹介
中野 逍遥 なかの しょうよう (1867〜1894)

 漢詩人。宇和島城下(現宇和島市)出身。本名重太郎。帝国大学文科大学漢学科(現東京大学)で漢詩などを学んだ。入学後、特に漢詩に意を注ぎ、杜甫やシラーに傾倒し、青春の情熱・憂愁を西欧近代詩からの詩想を交えて自由奔放に漢詩のうえに表現し、豊艶でしかも沈痛な秀作を残している。没後、一周忌にあたって『逍遥遺稿』が出版された。

略歴
慶応3(1867)年2月11日 宇和島城下賀古町(現宇和島市)に、中野五郎と鴻の長男として生まれる。
明治16(1883)年8月 南予中学校(現宇和島東高等学校)を卒業。東京に出る。
明治17(1884)年7月 東京大学予備門に入学。正岡子規・夏目漱石と知り合う。
明治23(1890)年7月 予備門から改組された第一高等中学校を卒業。
             9月 帝国大学文科大学漢学科に入学。在学中、佐佐木信綱と親交を深める。
明治27(1894)年7月 漢学科の第1回卒業生3人のうちの一人として卒業。卒業後は研究科に進み、執筆活動なども行う。
            11月16日 将来を期待されながら、急性肺炎により、東京府駿河台(現東京都)の山竜堂病院で28歳で永眠。墓所は宇和島市光国寺。

<関連図書>
  • 中野逍遥『逍遥遺稿』 岩波書店 1929年
  • 宇和島市誌編さん委員会『宇和島市誌』 宇和島市 1974年
  • 和田茂樹『愛媛文化双書36 子規と周辺の人々』 愛媛文化双書刊行会 1983年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 文学』 愛媛県 1984年
  • 青木善嵩他『日本現代詩大系 第2巻』 檸檬社 1988年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年
(写真提供:宇和島市立図書館)

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